宿命を超える⁉ 立命の書「陰騭録」を読む

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立命の書「陰騭録」

あなたは「宿命」という言葉を信じますか?

来年、還暦を迎えるという歳まで生きてきて
また多少ひとよりも“波乱万丈”気味なその経験から

「天意(メッセージや役割)」とか、「約束事・法則」のようなものはあると感じています。

農家として、天と地とその間に生きる全ての生き物たちが存在する「法則」を
もうちょっと感じ取って、体現できれば、素敵だな・・・と思っています。

いえ、農家と言う以前の、一人の人間として生きていく上で、
もっとしっかりとこの「法則」を身につけ、体現していかねばと
今回、この記事を書きながら、改めて強く感じているところです。

もし、あなたが人生の困難や悩みに直面していて、その打開方法を模索しているのでしたら、この「陰騭録」(インシツロク)をお薦めします。

一人の男が定められた枠(宿命)を乗り越えて生きた体験記です。
そして多くの人の指南書ともなっています。

「陰騭録」あらすじ

(かなり簡略化しています)

時代は16世紀、中国でのお話。
少年学海(のちのこの本の著者である了凡リョウボン)は道を尋ねてきた老人に親切にしたので、その礼として老人から生涯の人生を占ってもらった。
すると、その占いはことごとく的中し、学海その占いの通りに地方の役人となってそれなりの人生を過ごしていた。
そんなある日、ある禅師のもとで座禅をしていたら、とても褒められた。
曰く「多くの人には迷いが見て取れるのだが、お前にはそれが無い。大したものだ。ところで若いのにどうしてそんなに迷いが無いのだ?」
学海、応えて曰く「なんで迷いなどございましょう。私はカクカクシカジカで自分の人生がわかってしまっていますから」
すると、老禅師が怒った!
「さっき褒めたのは取り消す!おまえはバカだ!人生とはそんなものではない。定められたものなどはなく、自分で切り開いていくものだ!!」
そこでその禅師は、どうすれば運命を新しく切り開くことができるのかを学海に教えた。
「功過格」という具体的な行動の良し悪しを列挙したもので、これをすればプラス1点、これをすればプラス10点、これをしたら反対にマイナス50点・・・などのように、毎日の行ないを点数化していき、最後に一年間のプラスマイナスを合計。
学海は早速取り組んで毎日の点数を計算するが、なかなか得点が増えず自分の不徳を反省する。
そんなことを幾年も続けていくうちに、次第に自然にプラスの行動が増えて得点が伸びていった。
そんな時に、子どもを授かった。実は学海は子どもができないと占われていた。
そして、出世も占いで言われた以上にした。そしてとうとう死を宣告されていた年齢も超えた(53歳で死ぬと言われていたが74歳まで生きた)。
人生とは、雲谷禅師の言う通り定め(宿命)などなく切り開いていくもの(立命)だと証明されたのだった。
そこで学海は名を了凡(凡人を修了した)と改め、授かった我が子にこの教えを伝えるために「陰騭録」を書いた。

かなり以前に読んだ記憶をもとに書いたので、間違いがあったらごめんなさい。

少しでも関心がございましたら、直接読まれてください。

立命の書「陰騭録」を読む
インシツロク表紙

「和語陰騭録」

東洋庶民道徳「陰騭録」の研究
東洋庶民道徳新版[西澤嘉朗]

いくつか思うところを付記してこの記事を終えます。

まず、最初に学海少年に道を尋ねた老人は何者なのか?

孔というこの老人、実は相当な力を持つ仙人だったらしい。卓越した占いの能力からしても只者ではないことが窺い知れる。

ということは、後に学海が雲谷禅師と会い、占い結果(宿命)とは違う道に進むことも知っていたのではないか、と私は思っています。

さらに了凡となり「陰騭録」を著すことも。

つまり、世に「立命」の教えを広めさせようというという天意のもとに、孔老人は学海少年を訪ねた。

すると、同様に雲谷禅師も天意のもとに登場したキャストで、そうなると当然、袁了凡という人物も・・・

深読みのしすぎでしょうか。

天意は常にすべての人に届いていて、それを感じ取り、成就するかはケースバイケースだと私は思っています。

つまり、自分で選択できると。

そして、その選択幅や道筋のある程度は決まっているけど(宿命)、その枠を超えて生きること(立命)も可能なのだとこの本は教えてくれました。

そこで具体的に「運」を良くする方法として「功過格」をここに添えようとも考えたのですが、
かなり長くなるのと、完全コピペに頼らざるを得ない(コピペ元に失礼)ので、その一部引用にとどめておきます。

ただ「功過格」はこの雲谷禅師オリジナルのものではなく、中国の古くからの道徳的な教えとして一般的なものだったらしいです。

だから、その内容も「拾った物をネコババしない」「困った人を助けてあげる」という常識的なものや仏教的なものが多く並びます。

また、結構鋭く自分の不徳に突き刺さることも多く、
これをしっかり反省して行動につなげていくこと(陰徳積善)が自分の運を良くし、
切り開くことなのだとこの記事を書きながら改めて思いました。

「功過格」より(一部抜粋)引用
1 人に善行を勧める書物を勧めたり、施したりすること
1 一人の人間を寒さから救い出すこと
5 一人の人間に命、健康などに用益の方法や技能を伝えてあげること。
30 離婚寸前など破綻中など、またはほかの理由で別れ離れになった夫婦を仲直りさせ、または会わせて仲良く暮らせることをさせたこと。
50 庶民に利益をもたらす言葉を発すること。
50 あちこち流浪するホームレスの一人を助けてあげること
100 一人の者を死亡から救い出すこと。
(1~100の数字は、プラスの得点のこと)

とてもたくさんの項目の中から、現代の私達の生活でも身近なものを選びました。

上記しましたように、記事を書きながら自分自身の立命を改めて覚悟します。

ありがとうございました。

プロフィール


与久呂(ヨクロ)農園は清流長良川の源流地、岐阜県郡上市の山間にある、無肥料自然栽培で米と野菜を作っている農家です。もうすぐ還暦の私ですが、幼い子どもを育てています。そんな日々の農業のこと、豊かな自然の中での子育てのこと、背景にある今の社会に対する思いや考え、そして農と食のネットワーク作りについて発信していきます。
(与久呂はわが家荒井家の屋号です。)
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