「帰農」ネットワーク

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「帰農」とは 農業を始めること

「帰農」の意味を調べると
1 離村して農業をやめていた者が農業に戻ること。
2 都会での生活をやめて地方に行き、農業を始めること。
となっています。

ここでは「2」の新しく農業を始めること、として書いていきます。

「帰農」
あなたは興味ありますか?

少し古いですが私の書棚にこんな本がありました。

定年してからの熟年帰農も多いですが
若者の帰農も多いようです。

前回も引用したグラフですが
49歳以下新規就農者グラフ
  (農水省HPより)

49歳以下が約2万人で推移していて
新規就農者の全体人数が大体6万人ぐらいなので
3分の1が若者と言えるようです。

その台所事情はどうなっているかというと
ご覧のようにかなり厳しいようです。

               (全国農業会議所 平成28年度調査より)

就農して5年たっても、半数以上が生計が成り立っておらず
新規就農者の約3割が5年以内に離農しているという現状が頷けます。

さて帰農の現状について書いてきましたが、その増加の背景には何があるのでしょうか?

DSC_0341.2_400
   (農文協「2005年現代農業8月増刊」)

 

「帰農」する人が増えている背景を2つの側面から見ていきます。

「社会」の側からと、「人」の側から、です。

かつて、わが国では、農地、土地は絶対的な財産でした。
また戦後は「農地法」などの法律によっても厳格に保護され、農地は農家が代々守っていくことが当然とされていました。

農家以外の、ましてや都会から来たよそ者が耕作することなど、あり得ないことでした。

それが昭和30年代からの経済成長などを引き金に社会構造が大きく変化し、
農村は過疎化が進み、限界集落と呼ばれる消滅寸前の地域が急増し、
農地は耕作が放棄され原野に戻りつつあります。

その様な社会の変化を背景に、農地を所有する農家は
「土地代はいらないから借りてほしい」(できたら買ってほしい)
という状況になっています。

 

新規就農者のアンケートに、「就農理由」を尋ねる項目がありました。


(前出 全国農業会議所調査結果より)

最新の調査結果では
「自ら経営の采配を振れるから」(複数回答52.3%)が一番多いですが、
これは自営業の経営者なら他の職種でも同様なので、
注目すべきなのは前回調査まで一番の
「農業が好き」あるいは
「自然が好き」「田舎暮らしが好き」
ということになるでしょうか。

アンケート回答の選択肢としてとてもありきたりの表現なのですが、
この辺りをもっと深く掘り下げていくと

 

例えば
「新しき村」(武者小路実篤らが1918年に開村)
木城町観光パンフより 新しき村_400
(宮崎県木城町観光パンフレットより)

 

例えば
「農民芸術概論綱要」で宮沢賢治が伝えたかったこと

農民芸術の綜合

……おお朋だちよ 一緒に正しい力を併せ われらのすべての田園と
われらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようではないか・・・

例えば
「フィンドホーン」の活動
(「フィンドホーンへのいざない 誰もが癒される不思議な場所がある」)

・・・アイリーン&ピーター夫妻と3人の子どもたち、そしてドロシーは、(スコットランド北東部の)フィンドホーン湾に面した荒地に一台のキャラバンカーで一時的に移り住む結果となる。
お金も少なく、生活のためにその荒地に野菜を作り始める。そんな中、ドロシーは植物のディーバ(精霊)達とつながることを学びはじめた。それらのディーバからのメッセージを実践し、乾燥した砂地の土壌と気候からは、通常育つはずのない種類の植物が育ち始める。出来るはずのない立派な野菜が採れ、中には巨大なキャベツが採れたことから評判になり、土壌学者などが調べに来るほどに。
これらの出来事は、自然界の精霊と人間の相互協力による、新たな可能性の広がりを人々に明らかにした。 自然の精霊との共同作業による野菜作りから、この場所に魅かれた人々が加わるようになってコミュニティが形成されるようになる。  フィンドホーン日本財団のHPより

武者小路は、賢治は
なぜあのような生き方をしたのだろう

なぜフィンドホーンの奇蹟は起きたのだろう

農業に何を求め
思い描いていたのだろう

前回も書いたのですが
私は農業を「ビジネス」と割り切れない

どうしてだろう

その辺にとても意味を感じて
このブログを書いています

このネットが発達したデジタルな社会の中で
その意味を掘り下げ、切り開いて、発信していくことに
とても意味を感じています

一周40,000㎞のこの地球に、今や神経網のように張り巡らされた「インターネット」
個々の細胞のように存在する一人一人の人間が、
「ネット」によって一つにつながり合い、
地球が一つの生命体のように、なった。

その高速情報網のおかげで
一年間に一回、生涯にせいぜい数十回しか経験することができなかった
作物の育て方などの農業のコツが共有できることとなり
不可能と思われていた無肥料自然栽培が可能になった

「ガイア仮説」が具現化した!

そして私が発信したいと感じているのは
情報を越えた「思い」「意識」です

この社会の中で肉体を持ち
生きて行かなければならないことに対して感じる
たくさんの矛盾や困難が
いま、このような「つながり」によって
昇華できるのではないか、と期待しています。

それが私の思い描く「帰農」ネットワークです。

プロフィール


与久呂(ヨクロ)農園は清流長良川の源流地、岐阜県郡上市の山間にある、無肥料自然栽培で米と野菜を作っている農家です。もうすぐ還暦の私ですが、幼い子どもを育てています。そんな日々の農業のこと、豊かな自然の中での子育てのこと、背景にある今の社会に対する思いや考え、そして農と食のネットワーク作りについて発信していきます。
(与久呂はわが家荒井家の屋号です。)
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