線を書く 懸命に線を書く フォルメンの体験

子育て
ひたすら真剣に線を書いている

このところ朝の収穫が減り、出荷作業を妻がしている間は、私が子どもの相手をすることが多くなった。
天気が良い日が続き散歩が日課に。
途中訪れた公園で、地面に何やら書き出した息子。
懸命に、懸命に、曲がりくねった線を、長く長くつないでいる。
彼の姿を見ていて、私の20数年前の体験を思い出していた。

懸命に線を書く(私が描いたアンパンマンがお恥ずかしい)


当時、私はシュタイナー教育に携わる方と一緒にワークショップや公演会を主催していた。
ドイツからオイリュトミーのグループを招き、数日間のワークショップを行なっていたその時に、フォルメンの授業も体験した。
クレヨンで画用紙に線を書く・・・先ず空中で練習して、イメージが出来上がってから手を紙に下ろす。
ただの直線。
しかし、全神経を集中して!
こんなにじっくり、しっかり、意識を集中して線を書いたことはなかった。
何回も、何本も書いていく。

次に円
波模様
もっと大きな波
複雑な波
そしてそれらを組み合わせていく

私が体験できたのは、フォルメンのレッスンの入り口だったが、とても深い体験だった。
そして、そんな最初の単純な図形が、やがてどのように進化していくか・・・ものすごい芸術となっていく。
ぜひぜひ、「フォルメン」の芸術をご覧になって頂きたい!
(ここに引用したりすると、著作権等に掛かりそうなので、ぜひご自分で!)

同様のことはオイリュトミーの授業でも感じたことだった。
こんな体験だった・・・
木製のボールがいくつか準備され、参加者約20名ほどで円をつくりそのボールを隣の人に手渡して回していく。
右から来たボールを右手で受け取り、左手に持ち替えて左側の人に渡す。
先ず、ただそれだけの単純な動作を繰り返す。
次に、右手で受け取ってから左手、右手、左手、と持ち直してから渡す。
その次に、そのボールを受け取った時に、胸の前で両手で包むように持って、それから渡す。
それらの動作の最中、意識をボールに集中する。
次の人に手渡す時に、自分の思いを込め、その思いが届きますようにと、次の人の手に意識を集中して、渡す。
こんなに大事に思いを込めてモノを扱って来ただろうか。
こんなに大事に思いを込めてヒトに接してきただろうか。

そして、それらのレッスンを受けて一番強く感じたことは、
どうしてこんなに大切な、基本として学ぶべきことを、自分は教わらずに育って来てしまったのか ⁉
悲しみと怒りの気持ちだった。
漢字をどれだけたくさん覚えたか?
掛け算九九を人より早く暗記して言えるようになったか?
そんなこと・・・どうでも良いではないか!
やり直せるなら、幼い頃にこんな教育を受けたかった。

何を考えているのかな


この子は何を考え、思い描きながら、このフォルメンを描いているのだろうか。
どうやったら、私の経験した後悔を与えずに育てられるだろうか。

この、散歩の公園で、そんなことを考えていた。

(上記の文中で太字の語句に説明を付記しました)

シュタイナー
(ルドルフ・シュタイナー ウィキペディアへ)

シュタイナー教育
20世紀はじめのオーストリアの哲学者・神秘思想家ルドルフ・シュタイナーが提唱した「教育芸術」としての教育思想および実践であるヴァルドルフ教育を、日本で紹介する際に名付けられた呼称のひとつ。シュタイナー教育では、教育という営みは、子供が「自由な自己決定」を行うことができる「人間」となるための「出産補助」であるという意味で、「一つの芸術」であると考えられている。
(ウィキペディアの解説文冒頭から引用)

オイリュトミー
意識と身体のギャップを埋め、言葉または音楽の力を全身の動きに変換し、内臓(ミクロコスモス)を動かすエネルギー、惑星(マクロコスモス)を動かすエネルギーを関連付ける。 また、言葉または音楽の持つエネルギーを身体表現によって具象化する。 子音や母音には、一つずつ動きが定められており、子音の動きと母音の動きを組み合わせることで、言語を立体的に表現することを可能としている。
(ウィキペディアより一部引用)

フォルメン
ものの形(Gestalt、ゲシュタルト)の理解のための学習であると誤解される事がしばしばあるが、フォルメン(Formen)は有機的な動きのフォルム(Form)を把握するためのアプローチであり、幾何の授業とは一線を画する。この授業はエーテル体が自律し、身体が成長する7歳以降の数年間に特に重視される。4年生を過ぎるとその役目を終え、幾何の授業にとって代わる。
(ウィキペディアより一部引用)

「クレヨン」について
この時に使ったのはこんなブロック型の蜜蝋の物だった。

「木のボール」について
りんごの木でできていると言っていた。重さと質感がちょうど良いのだそうだ。手にのせた時、ほんとうにそう感じた。

 

プロフィール


与久呂(ヨクロ)農園は清流長良川の源流地、岐阜県郡上市の山間にある、無肥料自然栽培で米と野菜を作っている農家です。もうすぐ還暦の私ですが、幼い子どもを育てています。そんな日々の農業のこと、豊かな自然の中での子育てのこと、背景にある今の社会に対する思いや考え、そして農と食のネットワーク作りについて発信していきます。
(与久呂はわが家荒井家の屋号です。)
プロフィールページ

子育て思い出新規記事
seiji@yokuroをフォローする
タイトルとURLをコピーしました